浜松簡易裁判所 昭和50年(ハ)122号・昭50年(ハ)123号・昭51年(ハ)92号・昭51年(ハ)93号
主文
1 被告(反訴原告)岸本誠三は、原告(反訴被告)に対し金一二万円及びこれに対する昭和五〇年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告(反訴原告)深澤博、被告深澤修一、同前澤光雄は、連帯して、原告(反訴被告)に対し、金一二万円及びこれに対する昭和五一年一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用中本訴に関する分は被告らの負担とし、反訴に関する分は反訴原告らの負担とする。
5 この判決は第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(本訴、昭和五〇年(ハ)第一二二号、第一二三号事件)
請求の趣旨
主文一、二、四項同旨の判決並びに仮執行宣言
請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴)
請求の趣旨
(昭和五一年(ハ)第九二号事件)
反訴被告は、反訴原告岸本誠三に対し金一五万円及びこれに対する昭和五〇年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(昭和五一年(ハ)第九三号事件)
反訴被告は反訴原告深澤博に対し金一五万円及びこれに対する昭和五一年一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
反訴訴訟費用は反訴被告の負担とする。
仮執行宣言申立
請求の趣旨に対する答弁
主文第三、四項同旨
第二当事者の主張
(本訴、昭和五〇年(ハ)第一二二号、第一二三号事件)
請求原因
一 原告(反訴被告、以下原告という。)は、楽器類の製造販売を業とする会社である。
二 被告(反訴原告)岸本誠三(以下被告という。)は、昭和四〇年四月から昭和五〇年一〇月までの間原告会社のピアノ調律部に就業していた従業員であり、被告(反訴原告)深澤博(以下被告という。)は、昭和四二年四月から昭和四八年三月までの間原告会社のピアノ調律部に就業していた従業員である。
三 被告岸本誠三は、昭和三九年四月から昭和四〇年三月までの間、被告深澤博は、昭和四一年四月から昭和四二年三月までの間、いずれも原告会社のピアノ調律技術者養成所(以下養成所という。)に丙種研究生として入所した。
四 被告岸本誠三、同深澤博は、右養成所入所中原告会社から毎月一万円ずつ合計金一二万円を研究費助成名下に貸与された。右貸与金は、同被告らに現実に授受されたものではないが、同被告らは養成所に研究生として入所した月から退所時まで月額一万円の月謝を原告に納入する約定であったので、右貸与金を右月謝に充当し、計算上現金授受と同一の経済的利益を得させたものである。従って、被告岸本誠三に対する貸金は、月謝納入日である昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月一日に至る間毎月一日に一万円ずつ発生したものであり、被告深澤博に対する貸金は、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月一日に至る間毎月一日に一万円ずつ発生したものである。
五 右貸与金の弁済は、被告岸本誠三、同深澤博が養成所を退所する際全額を支払う。但し、退所後直ちに原告会社の従業員として就業する場合には、退職時までその支払を猶予する約定であった。
六 被告深澤修一は昭和四二年三月一五日、被告前澤光雄は昭和四一年三月一七日、被告深澤博のため右貸与金について連帯保証をした。
七 被告岸本誠三、同深澤博は、養成所退所後直ちに原告会社に就業したが、被告岸本誠三は、昭和五〇年一〇月一三日退職し、被告深澤博は、昭和四八年三月二〇日退職した。
八 よって、原告は、被告岸本誠三に対し貸金一二万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五〇年一二月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、被告深澤博、同深澤修一、同前澤光雄に対し貸金一二万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五一年一月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。
請求原因に対する認否
請求原因一、二、三項の事実は認める。同四項の事実中月額一万円の月謝を納入する約定であったことは認め、その余の事実は否認する。
同五、六項の事実は争う。同七項の事実中、被告岸本誠三、同深澤博が退所後直ちに原告会社に就業したことは認め、その余は争う。
抗弁
仮に、原告主張のような貸与金契約が認められるとしても、
一 労基法一四条の法意は、長期間の労働契約を結ぶと労働者の自由意思を拘束し、労働の強制に至るおそれがあるから、これを排除しようとするものである。
養成所規則(丙種)の定める返済方法は、直接的には労働契約の期間を定めるものではないが、右規則において、死亡、停年により退職するまで原告会社に勤務していれば貸付金の返済を要しないが、やむを得ない場合をのぞいて中途で退職する場合は返済を要するとされており、これを実質的にみれば、原告会社に停年まで勤務することを義務づけるものであり、数年に及ぶ労働契約の締結を強制しているのと同じであって、労基法一四条に違反する。
二 前記養成所規則(丙種)によれば、退職事由が死亡、停年その他真に止むを得ないものと認めた場合以外の場合には、金一二万円の支払を要求されることを意味する。これは研修費助成金貸与に名を借り、養成所で教育をうけたものは、停年まで原告会社に勤務することを義務づけ、それを守らないものは、見せしめに金一二万円の損害賠償を要求するのと同じであって、損害賠償の予定を禁止する労基法一六条に違反する。
三 労基法一四条、一六条は、いずれも労働者保護のための強行法規であり、右各条に違反する契約は、公序良俗に反し、無効である。
抗弁に対する認否
抗弁一の事実中、養成所規則の定める返済方法が被告主張のとおりであることは認め、その余は争う。同二、三の事項は争う。
(反訴、昭和五一年(ハ)第九二号、第九三号)
請求原因
一 被告岸本誠三が昭和五〇年一〇月、被告深澤博が昭和四八年三月原告会社を退職するや、昭和五〇年一二月一七日原告会社は、右被告両名に対し、貸金返還請求の本訴を提起した。
二(一) 原告は、被告岸本誠三に対し昭和四〇年三月二一日、被告深澤博に対し昭和四二年三月一五日、教育費用として賠償すべき金額は金一二万円である旨の記載のある念書、及び教育費用は養成所規則に従い賠償事由発生の場合は遅滞なく弁済することを連帯保証人連署を以って確認する旨の記載のある確認書に署名させ、これを原告会社に提出させた。
(二) 養成所規則(丙種)の定めるところによれば、教育費用として賠償を要求されるのは、退職事由が死亡、停年その他真に止むを得ないものと認めた場合以外のとき、すなわち任意退職の場合のみであり、右契約は原告会社が、調律技術者の離職を防止し、もし、任意退職するものがあれば、みせしめに制裁を加えることを目的としたものであって、労基法一六条の禁止する損害賠償の予定であり、右訴訟提起は、右被告両名の契約締結の自由、職業選択の自由を侵害する不法行為である。
三 よって、被告岸本誠三、同深澤博は、原告に対し、それぞれ次の損害賠償金を支払うことを求める。
(一) 慰藉料金一〇万円
右訴訟提起による右被告らの精神的損害は、それぞれ金三〇万円を下らないが、そのうち金一〇万円を請求する。
(二) 弁護士費用金五万円
右訴訟提起に対し、右被告らは、応訴するために弁護士に訴訟を委任せざるを得ず、依頼に際し、報酬として、代理人との間で弁護士報酬規定の定める最低額である金五万円をそれぞれ支払うことを約した。
(三) 右各金員について、被告岸本誠三に対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一二月二四日、被告深澤博に対する訴状送達の後である昭和五一年一月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。
請求原因に対する認否
請求原因一項の事実は認める。同二項の(一)の事実は認め(二)の事実は争う。同三項の事項は争う。
第三証拠(略)
理由
(本訴)
一 請求原因一、二、三項の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因四項の事実中、被告岸本誠三、同深澤博が養成所に入所した日から退所時まで月額一万円の月謝を原告会社に納入することを約したことは、当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、被告岸本誠三は昭和三九年三月一〇日、被告深澤博は昭和四一年三月一七日、原告会社代表取締役にあてて、貸与金の借り受けを申請したこと、月謝は毎月一日にその月分を支払う定めであったこと、貸与金は、退職時に全額返済する約定であって、同被告らは現実に月謝を支払ったことはないことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実及び前記当事者間に争いのない事実によると、同被告らは、毎月金一万円を原告に納入すべきところ、原告からの貸与金をこれに充当したものであり、原告としては、毎月一日に同被告らに現実に金一万円ずつ交付し、同被告らから原告に月謝を納入させる手続を省略したにすぎず、同被告らに現実の授受と同一の経済的利益を得させたものであるから、被告岸本誠三は、昭和三九年四月一日から昭和四〇年三月一日までの間毎月一日に金一万円ずつ、被告深澤博は、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月一日までの間毎月一日に金一万円ずつを、原告から借受けたものと認められる。
三 (証拠略)によれば、貸与金は退所時に全額返済すること、但し、養成所退所後原告会社に従業員として就業する場合には、退職時まで据置貸与をうけることができる旨の定めがあったことが認められる。
四 (証拠略)によれば、被告前澤光雄は、昭和四一年三月一七日被告深澤博の第二項記載の債務につき連帯保証をしたと認められる。
(人証略)によれば、被告深澤博が毎月支払うべき月謝一万円の貸与金に関し、甲第四号証ないし第六号証が作成されたものであって、被告深澤博は、助成貸与金返済誓約書(甲第四号証)に署名押印して、貸与金の返済を約し、甲第五号証(念書)においてその額を明確にし、甲第六号証(確認書)においてその支払を確認したものと認められ、右事実によると甲第五号証には「教育費用として賠償すべき金額」と記載されており、第六号証には「養成期間中に助成をうけました教育費用は、養成所規則に従い賠償事由発生の場合は遅滞なく弁済致しますことを連帯保証人連署を以て確認致します。」と記載されているが、右賠償の文言は実質上貸与金返済の趣旨であると認められるから、被告深澤修一は、昭和四二年三月一五日確認書(成立に争いのない甲第六号証)に署名押印したことにより、被告深澤博の第二項記載の債務について、連帯保証をしたと認められる。
五 被告岸本誠三、同深澤博が養成所退所後直ちに原告会社に就業したことは当事者間に争いがなく、被告岸本誠三、同深澤博各本人尋問の結果によれば、被告岸本誠三は昭和五〇年一〇月一一日、被告深澤博は昭和四八年三月それぞれ原告会社を退職したものと認められる。
六 被告らは、原告の定める貸与金返済方法は労基法一四条、一六条に違反し、公序良俗に反するから無効であると主張する。
養成所規則(丙種)において、被告主張のような返済方法の定めのあったことは、当事者間に争いがない。
(人証略)によれば、養成所退所後、原告会社に就業するか否かは任意であって、現に就業しなかった者もあり、また、原告会社に就職した場合就業義務年限の定めがあるわけではなく、退職することは自由であり、退職したからといって特別の制裁措置がなされることはないこと、被告岸本誠三の同期生は七〇名位であるが、現在その半数位は退職しており、早い人は二年位で退職していること、被告深澤博の同期生は八〇名であるが、現在原告会社に残っている人は三分の二以下であって早い人は一年以内に退職していることが認められ、また、貸与金は、養成所退所時に全額返済する約定であって、原告会社に勤務する間は、その返済が猶予されていることは先に認定したとおりである。右事実によれば、金員貸与契約と雇用契約とは別個の契約として締結されたものであり、ピアノ調律師養成のための月謝が一万円であることも特に不合理な金額とは言えないから、被告ら主張のような契約を結んだからといって、停年まで就労することを義務づけるものとはいえず、退職する際金一二万円の返済を要求されるからといって、損害賠償の予定を定めたものともいうことはできない。
従って、右約定が公序良俗に反するとはいいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、被告らの右主張は採用することはできない。
もっとも、甲第二、三号証、第五、六号証には、「教育費用として賠償すべき金額」とか、「賠償事由発生の場合」とかいう文言が記載されているが、甲第五、六号証については賠償という文言が使用されてはいるが、それは、実質上本件貸与金の返済の趣旨であることは、先に認定したとおりであり、甲第二、三号証についても、(証拠略)に照らし同様であると認められるから、甲第二、三号証、第五、六号証に右のような記載があるからといって、被告主張事実を証するに足りない。
(反訴)
一 請求原因一項の事実は、当事者間に争いがない。
二 同二項(一)の事実は、当事者間に争いがない。被告岸本誠三、同深澤博は、養成所規則の定めは、労基法一六条の禁止する損害賠償の予定であると主張するが、その理由のないことは本訴理由らん六に記載したとおりであり、従って、本訴提起が契約締結の自由、職業選択の自由を奪う不法行為であるともいえないから、同被告らの主張は採用できない。
(結論)
そうすると、被告岸本誠三は、原告に対し貸金一二万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五〇年一二月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合の遅延損害金、被告深澤博、同深澤修一、同前澤光雄は、連帯して、原告に対し、貸金一二万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五一年一月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があるから、原告の本訴請求を正当として認容し、被告岸本誠三、同深澤博の反訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田一男)